弥一とエレナは、エレナの祖父が救急車で運ばれた病院へ向かっていた。運転しているエレナの横顔を意識しながら、弥一は、切り出した。
「エレナ、そろそろ説明してもらっていいかな?」
エレナは、
「わかった。」と、一呼吸置いてから、話し始めた。
「実は、うちの家系は貴族だったって聞いてるわ。今は、少し大きいうちに住んでる一般人だけど。昔は、政財界の人たちとの交流や、ビジネスをやってたって聞いてる。私が物心ついた頃には、祖父は、世界や地球のことに、いろいろ貢献しようとしていたみたい。小さい時から、世界の人々と仲良くすることとか、地球の資源を大切に使うことの話をしてくれたわ。」
弥一は、
「へぇ…。」と、相槌を撃った。
「最近は、国同士や、コミュニティ関係、人間関係で、争いごとが多くなって、祖父は気に病んでいたの。母も、祖父の心労を心配をしていて。そんな時に、病院に運ばれたって電話があったってこと。」と、エレナは運転に集中しているせいか、冷静な口調だった。
弥一は、
「なるほどー。いや、別にイヤではないけど、なんで一緒に行くのかな?」と、聞いた。
エレナは、前を見ながら話を続けた。
「前から、弥一のことは、母に、相談のプロってことで話をしていたの。祖父は、前から脚の付け根が痛いって言ってて、歩きづらそうにしてた。歩けないほど痛くなったのは、今回が初めてで。いろんな病院で診てもらっても、ひとつの症状じゃないの。だから、母と、少しでも祖父が良くなればと思って、無理を言ってついてきてもらったってわけ。ごめんね、急に。また強引に連れてきちゃったね。」
弥一は、
「まー、大丈夫。できる限りのことはさせてもらうつもりだけど、結果は期待しないでね。」と、諭すように言うと、助手席のシートを倒し、
「じゃ、着くまで、少し休ませて。昔から、車に乗るとすぐ眠たくなるんだよね。」と、欠伸をした。
エレナは、何事にもあまり動じない弥一に、少し頼もしさを感じていた。
「着いたよー。」弥一は、エレナの声で目を覚ました。ゆっくり助手席のシートを戻し、眠い目をこすりながら言った。
「おはよ。ぐっすり寝ちゃった。ここはどこ?」
エレナは、シートベルトを外しながら、答えた。
「病院の駐車場よ。1時間ぐらい寝てたわ。さぁ、行こう。」
弥一は、欠伸をしながら、車を出た。エレナの少し後ろをついて行く。部屋番号は分かっているのか、入院病棟へ向かっているようだった。
そして、割と大きめな個室の前に着くと、エレナは、弥一に向いて言った。
「ここよ。じゃ、入るからね。よろしくお願いね。」
弥一は、こくり頷くと、エレナは、個室のドアをノックして、入って行った。お邪魔しますと入ると、ベッドに横たわるエレナの祖父と、その脇に座るエレナの母がいた。
すぐに、母が口を開いた。
「よく来てくれたわね。エレナ。初めまして。鈴木弥一さん。エレナの母です。」
エレナは、
「面会時間に間に合ってよかったー。おじいちゃんは、寝てるのね。起きるまで、少し待とう。」と、弥一をベッド脇にある椅子に腰掛けるよう促した。
弥一は、
「こんにちは。初めまして。エレナさんから、少し事情を説明していただきました。ご要望をおっしゃっていただければ、できる限りのことはするつもりです。よろしくお願いします。」と、頭を下げた。
「ありがとうございます。こちら、どうぞ、召し上がってください。」母は、そう言いながら、椅子から立ち上がり、エレナと弥一に、ベッドテーブルに置いてあるペットボトルの飲み物と、高級そうな缶入りのお菓子を勧め、話し始めた。
「父の股関節痛は、数ヶ月前から症状として出始めて、いろいろな病院で診てはもらったんですが、統一的な診断や見解には至らなくて…。おそらく原因がよくわからないということのようなんです。父も、まさか、歩けなくなるほどの痛みになるとは、思っていなかったみたいで…。こういうご相談は、多い方なのでしょうか?どうしたら良いのかわからなくて。」
弥一は、少しエレナを見てから、母に向き直り、答えた。
「ご相談の承り方には、いくつかありまして。お客様の目的を達成するサポートのご依頼ですと、お客様自身が、しなければいけないことや、すべきことはありません。端的に申し上げれば、依頼をしたあとは、目的達成の結果を待つだけということになります。お客様が、方法論を学びながら目的達成のサポートをご希望の場合は、お話をしながら目的を達成していくということになります。」
ここで、エレナが、口を開いた。
「母と私の想いは、祖父が元気になってくれればいいだけ。脚の付け根の痛みがなくなって、普通に歩けるようになってくれればいいわ。」母も、静かに頷いた。
弥一は、
「では、エレナさんとお母様から、エレナさんのお祖父様の股関節痛が治り、普通に歩けるようになるというご依頼を承ります。ご依頼に関して、ご承諾いただくこととしましては、ご依頼を保証しないということと、お客様が費用を決めてお支払いいただくことの2点です。よろしいでしょうか?」と、エレナと母を交互に見ながら、説明した。
エレナは、
「依頼を保証しないってことは、祖父の股関節痛が治らないかもしれないし、普通に歩けるようにならないかもしれないってこと?」と、聞いた。
弥一は、
「はい。エレナには、前に伝えたけど、どんなことに対しても、結果を期待しているうちは、目的達成の可能性が高くならないんだよね。その代わりと言っては何だけど、費用の金額は1円以上で、お客様が決めてお支払いくださいって感じにしてるんだー。依頼の報酬じゃなくて、依頼内容で、依頼を受けるかどうかを決めてるんだよ。」と、真摯に答えた。
今度は、母が聞いてきた。
「父に、鈴木さんに依頼したことは、伝えるべきでしょうか?その方が、治る可能性が高いのでしょうか?」
弥一は、
「いえ。可能性としては、変わりません。伝えたいと、お母様がお想いになるなら、そうしていただいても構いません。どちらでも良いです。」と、答えた。
エレナは、
「じゃぁ、直接祖父や母に会う必要はないってこと?ごめん。ちょっと、母からの電話で祖父のことを聞かされて、テンパってた。弥一とよく話し合えばよかったね。」と、弥一に謝った。
「まー。依頼の半分以上が、メールや電話で承ってるし、依頼の半分以上が、第三者のことに関する依頼だから、ぶっちゃけ、エレナとのやり取りだけで、依頼できたのはホントです。」と、弥一は言った。
「ごめんなさい。でも、よく分かったし、母にも会ってもらえて、納得して依頼できたし、結果オーライかな。じゃ、帰ろー。」と、エレナはきちんと謝ったが、悪びれてはいなかった。
「ごめんなさいね。本当に、よろしくお願いします。」と、母は、丁寧に弥一にお願いをした。
エレナと弥一が、エレナの祖父が入院している病院を訪ねてから2日後、エレナは、弥一にメールした。
「こんにちは、弥一。祖父が退院したの!びっくり。何をしたの?母によると、まだ普通には歩けてないみたいだけど、痛みはないみたい。ありがとう!」
弥一は、こう返信した。
「こんにちは、エレナ。特別何もしてないよ。エレナには話したけど、感情的言動をしないで、やりたいことを探して、今楽しいことを言動し続けていただけだよ。痛みは大丈夫そうだね。あとは普通に歩けるようになることだね。進捗状況を教えてくれると、嬉しいよ。ありがとう。」
それに対してエレナは、「ちょっと今日は、祖父が退院して気分がいいから、また大好きなドライブに行こうと思ってるんだけど、弥一も一緒にどう?」と、送った。弥一が、全力でドライブに行ったのは言うまでもないことだった。
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