エレナは、弥一の事務所に相談をしに来ていた。最初にふたりが出会った日から、1週間が経っていた。
「話を聞かせて、エレナ。」と、弥一は、促した。
エレナは、恥ずかしがりながら口を開いた。
「実は、結構私、コンプレックスの塊で…、もっと綺麗になりたいって思ってて。」と、ゆっくり話し始めた。
「スキンケアとか、ヘアケアとかは、怠らないし、それなりだと思うんだけど、やっぱり体型を変えるのは難しくて。ジムのパーソナルトレーニングとか、ヨガのレッスンとかやっても、長くは続かなくって。でも、やっぱりキレイになりたいんだよね。」と、言うエレナの表情からは、真剣さが、弥一に伝わっていた。
「なるほど。」と、弥一は頷いた。
「前に話した1・2・3は覚えてると思うけど、今からは、それを深掘りしていくからね。」と、言い、弥一はエレナの承諾を得た。
「基本的には、感情に振り回されず、楽しいと思えることを、穏やかな心でいることができることをしていけば良いんだ。それは、できる限り言動をしないってことなんだよね。綺麗になりたいとか、何かが食べたいとか、洋服や車がほしいとか、欲求に従って言動するんじゃないのね。その感情を感じているうちに、小さくなっていくと、言動しなくて良いって思えることと、どうしても言動したいって思えることになるんだ。
例えば、トイレとか、食事とかは、限界があるよね。言動せざるを得なくなることって、少ないんだよ。」と、弥一が言い終えると、エレナはすぐさま口を開いた。
「私の体型を変えたいっていう感情は、言動しなくて良いって思えることだったんだぁ。」と、笑顔で納得した。
弥一は、エレナの納得した様子が嬉しくて、説明が止まらなかった。
「そこで、もう一度思い出して、エレナ。感情の揺らぎが小さくなったら、どうするんだっけ?“2”のことだけど、覚えてる?」
エレナは、少し考えて答えた。
「自分にとって、都合のいい様に考えるだったよね。」
弥一は、嬉しさが止まらない。
「と、いうことは…、エレナの言動しなくて良い体型を変えたいっていう望みは…」と、弥一は、エレナの気づきを促していた。
「何もしなくても、体型が変わっちゃうってこと!?待って!それなら、嬉しいんだけどっ!」と、エレナは歓喜した。
弥一は、すかさず言った。
「自分にとって都合良く考えただけだからね。都合よく考えたことによる結果を期待するんじゃなくて、何もしなくても体型を変えられるとしたら、今何したいかを考えてみるんだよ。」
エレナは、少し落胆したが、気を引き締めるように言った。
「そうね。そうよね。心が平安じゃなかったわ。何もしなくても大丈夫だとしたら、今何をしたいかな…。」しばらく考えて、エレナは納得して、はっきり言った。
「私は、ただ楽しいことをしたかっただけだったんだぁ。」
弥一は、満面の笑みで言った。
「ね。やっぱり楽しいことしたいよね。」
弥一とエレナは、弥一の事務所に食事から戻ってきた。
「いやぁ、しかし本当においしかったー。」弥一は、ため息をついた。
「なんか、体型気にして食べてたから、吹っ切れたら、いつもよりおいしく感じたよー。」エレナは、弥一を見てまじまじ言った。
「弥一のおかげだと思ってる。本当にありがとう。」
弥一は、照れたが、大事なところだと思い、真剣にエレナに伝えた。
「今まで、何か起きた出来事に対して、対処することを教育されてきたよね。みんなそうしているし、それ以外の方法をしている人も知らなかったし。自分の好きなこと、楽しいこと、やりたいことをするんだよって言ってる人はいるかもだけど、何が起きてもとは、言ってる人は少ないんじゃないかな。」
エレナは、真剣に返した。
「まー、でも、今回はラッキーなだけかも知れない…。完全に100パーセント信じてはいないかも。」
弥一は、毅然と言った。
「エレナは、自分を信じてれば良いんだよ。自分の心、感情、衝動、自分の全部を感じて、自信を持ってやっていけば良いんだよ。何か聞きたいとか、言いたいことがあれば、また尋ねてくれればいいし。」
エレナは、微笑んで、頷いた。
弥一は、エレナをデートに誘いたくて、うずうずしていた。何か用事をつくって、エレナに連絡を取ろうと、考えていた。長考のあと、やっとメールを送れた。
「元気ですか?ちょっと時間が空いたので、コーヒーでも飲みに行かない?」
エレナは、割と早く返信した。
「こんにちは。よければ、私の事務所に来ない?コーヒーとお菓子を用意して待ってるね。」
弥一は、スキップで、エレナの事務所に向かった。
しかし、ことは重大だった。弥一が、エレナの事務所に入るなり、エレナは、話し始めた。
「ホント、良いタイミングだったの。聞いてよ、弥一。私の祖父が、救急車で病院に行ったんだって。母の話だと、脚の付け根が痛くて、歩けないんだって。すごく心配だったけど、落ち着いてきたところに、弥一からメールが来たの。病気とかの場合は、どうしたら良いのかな?」弥一は、公私共に相談の仕事になるんだなと、相談の仕事は天職なんだなと感じていた。ルンルン気分でいた弥一は、早速仕事モードに変わると、エレナに答えた。
「何が起きても、やることは同じだよ。今回のことは、エレナ自身のことじゃなくて、第三者のことだけど、エレナが体験していることに代わりはないから。おじいさんが病院に運ばれて、揺らいだ感情が落ち着いたら、楽しいことを探して、今やりたいことを言動するんだけ。仕事だろうが、病気や症状だろうが、人間関係だろうが、自分じゃなくて家族や他人でも同じだからね。」
エレナは、
「わかった。じゃぁ、おいしいお菓子もらったから、コーヒーと一緒に食べよー。」と、準備をし始めた。
そして、二人が、コーヒーとお菓子を楽しんでいると、エレナの携帯が鳴った。電話だった。
「もしもし。お母さん、どうしたの?」と、エレナが出た。
「うん…、うん…。それで…。」と、エレナは、不安そうな顔で話を聞いていた。
「わかったわ。じゃあね。お母さんも、気をつけてね。バイバイ。」と、エレナは言うと、電話を切った。弥一は、そろそろおいとまするかなと思い、腰を上げようとしていた。エレナは、突然弥一の手を掴んで、こう言った。
「これから、一緒に祖父の病院まで、私と一緒に来てくれない?母も待ってるから。ね。お願い。」予想もしない展開に、弥一は、
「は…え…なんで…。」と、呆然だった。エレナは、そんな弥一に構わずに、
「これからすぐ車で向かわないと。車の中で、いろいろ説明するから。じゃ、一緒に行こう。」と、言った。
弥一は、なんか前にも同じことがあったよなーとフラッシュバックしつつ、エレナに拉致られるのでした。
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